「十代・・・、何してるんだ!?」
ヨハンが帰って来ていた!
・・・。
「見たのか・・・。何か見たのか、十代?」
まずい・・・。
恐る恐る振り返ると、珍しくヨハンが怖い顔で睨んでいる。
「えっと・・・ご、ごめん。昨日ヨハンがキスしてる写真撮りたいって言ってたから・・・つい」
オレは素直に謝った。
ヨハンはオレに歩み寄り、無言で抱き締めてきた。
「酷いなぁ、十代・・・。オレにだって見られたくないプライベートもあるかも知れないだろ?」
ヨハンがオレを抱き締める力はいつになく強く、ちょっと痛いくらいだ。
「そ、そうだな・・・。ホントにごめん。もう、しないよ」
「本当?」
「ああ!ホント、ホント。絶対にしないから」
ヨハンは安心したのか、抱き締める力を緩め、オレの首筋にキスをしてきた。
「ちょ・・・、くすぐったい・・・。ヨハン・・・」
くすぐったがるオレを無視して、ヨハンは丹念に同じ箇所へキスをしてくる。
逃げる体を抱き締められて固定された。
いくら恋人同士になったと言っても、個人のパソコンを覗くなんてプライバシーの侵害だ・・・。
ヨハンが起こるのも無理はない・・・。
「どうして・・・、この部屋に・・・?」
「仕事探そうと・・・、思って・・・」
「へぇー、そうなんだ・・・」
繰り返される首筋への愛撫が、オレの体の芯を溶かしていく・・・。
足に力が入らない・・・。
体をヨハンに預けると、力強い腕が受け止めてくれた。
よかった・・・。
ヨハンは、もう怒ってないみたいだ。
「どうした?十代・・・」
いつもと違う・・・ベッドの上にいる時と同じ、ヨハンの低い・・・掠れた声。
それだけで感じてしまうのに、耳朶を噛まれてますます体に力が入らなくなっていく。
「あ・・・ッ・・・、ヨ・・・ヨハ・・・ン・・・」
「良い声・・・、十代・・・もっと聴かせて・・・」
頬にヨハンの髪を感じた。
背後から囁かれる熱い吐息交じりの声がオレの劣情を捕える。
甘い感覚とは違う激しい欲求・・・。
「や・・・ッ!ヨハン・・・、も・・・やめろ・・・」
服を捲り上げられ、ヨハンの手が中に入ってくる。
後ろから触れられる感触がもどかしくて堪らない・・・。
胸の突起に爪を立てられ、手足が震えた。
「ヨハン・・・!ユベルが・・・んっ・・・そろそろ、帰ってくる・・・」
ヨハンの手から逃れる為に、オレは出掛けているユベルの名前を出した。
弟の名前を出せば、ヨハンも手を止めてくれるんじゃないか・・・。
だが、オレの浅はかな考えを見透かしたようにヨハンはクスリと笑った。
「ユベル・・・?大丈夫・・・。アイツ、まだ帰って来ないから・・・」
オレの言葉に当てつけるようにますます手をいやらしく蠢かす。
言葉も出ない程、激しい快感が体を駆け巡った。
「・・・ッ!」
引きつけを起こしたように体が震える。
体が熱くなり、オレは堪らずヨハンの腕に爪を立てた。
もう・・・止めて欲しい・・・という気持ちと、もっと・・・という相反する気持ちがオレの中で交差する。
「十代・・・、大丈夫だよ。オレたちドアに背向けてるんだぜ?じゃれてるようにしか見えないって」
首を振ってむずがるオレを宥めるようにヨハンが空いている手で内腿を撫でてくる。
一番触れて欲しい場所をわざと外した動きが焦れったくて辛い。
「ん・・・、や・・・、だから・・・ヨハン・・・」
ヨハンが見られて構わなくても、オレはイヤだ。
ユベルにこんな姿を見られたら恥ずかしくて二度と顔を合わせられない。
「お前が・・・よく・・・ても、オレは・・・イヤ・・・なんだよ・・・ッ」
「何で?オレたち恋人だろ?」
ヨハンは不思議そうに言う。
恋人だからって、情事を弟に見せても構わないって普通言うか・・・。
ヨハンの感覚、ズレてる・・・よな?
オレがおかしいワケじゃないよな・・・。
「そう・・・だとしても、普通は・・・見せつけようとしないだろ」
「そうか?」
快感に酔って動かない体を無理に後ろへと向けると、ヨハンは不思議そうな顔をしていた。
・・・。
本当に、分かっていないのか・・・。
そういえば、ヨハンは昔からモテた割に浮いた話は聞いた記憶がない。
単に免疫がないだけなのか・・・?
考えれば考える程、ヨハンの交際関係に疎い自分が浮き彫りになってくる。
もし・・・、過去にヨハンと付き合っていた人がいたとしたら・・・名前も顔も分からない人物に嫉妬してしまいそうだ。
「も・・・、いい。オレ・・・風呂・・・入ってくる」
オレはヨハンを置いて、立ち上がった。
ズボンがオレの愛液でビッショリと濡れて、しかもまだズクズクとした性欲がオレを訴えているが気にしている余裕はない。
いつユベルが帰ってくるのか分からない状態でセックスするのは抵抗を感じる。
大徳寺先生だって来るかも知れないのに・・・。
「え・・・。じゃあ、俺も・・・」
「風呂には一緒に入らないぞ」
「えぇー、なんでー!」
「お前と一緒に風呂なんて、入れるワケないだろ」
ヨハンと一緒に風呂に入ったらイタズラされるに決まってる。
付き合うまでヨハンがこんなに甘えっ子な奴だとは思いもしなかった。
何かというと、くっつきたがるヨハン。
どちらかというとドライな付き合いを好むと思っていたので、そのギャップに驚いた。
「もー、じゃあやっぱりここで・・・」
「絶対にイ・ヤ・だ!」
オレのズボンを掴んで放そうとしないヨハンの手を無理に振り解く。
「じゅーうーだーいー。つれないこと言うなよぅ」
振り解いた筈の手が今度は腰に絡み付く。
さっきのじゃれあいで乱れた服から覗く肌に口付けをしてきた。
「うッ・・・わ・・・。やめろ・・・って!ヨハン・・・!」
くすぐったい・・・。
触れるか触れないかギリギリの口付けが腰を引けさせる。
「ヤだ。十代の・・・声、もっと聴きたいから・・・」
「なら、今じゃなくてもいいだろ!」
「イヤだ。今、聴きたい」
「オレは今すぐに、風呂に行きたいんだよ!」
「だったら、オレも・・・」
いい加減、聞き分けのないヨハンに苛立ってきた。
オレは追い縋ってくるヨハンの額に拳を突き付けた。
微妙に力を加えつつ、オレが作れる最高の笑顔を顔に浮かべる。
「絶対についてくるなよ。ついてきたら、・・・どうなるか分かってるな」
「う・・・うん・・・」
ヨハンを半ば脅かす形で黙らせて、オレは書斎から出た。
うぅ・・・。
ユベルが帰ってくる前に風呂場に行かないと・・・。
一歩一歩足を進めるのが辛い。
ヨハンめ・・・。覚えてろよ・・・。
これでユベルと運悪く遭遇したら一生セックスさせてやらないからな・・・。
いくらオレたちが恋人同士といっても所構わずオレを構いたがるのは止めて欲しい。
ヨハンに羞恥心はないのか・・・。
ユベルに見られて、恥ずかしくならないのか・・・?
・・・。
どこまでズレてるんだよ、ヨハンのヤツ。
オレは誰にも遭遇する事もなく、無事に風呂場まで辿り着いた。
急いで服を脱いで、熱くなった身体を治める為に頭から冷たいシャワーを浴びた。
サッパリして風呂から出ると、リビングのソファーでヨハンが膝を抱えて座っていた。
「ヨハン」
「・・・」
呼び掛けても反応がない。
唇を尖らせて拗ねたようにヨハンは電源が入っていないテレビを睨みつけていた。
オレがヨハンを放って風呂に入ったくらいで拗ねているのか・・・?
「おい、ヨハン・・・」
肩を揺すっても何の反応も返ってこない。
「何、拗ねてるんだよ」
呆れたようにオレが言うと、ヨハンが小さく呟いた。
「拗ねてなんか・・・ないよ」
「それのどこが拗ねてないって言うんだ?」
子供のようなヨハンの拗ね方に思わず笑いそうになった。
テレビや雑誌で『恋人にしたい芸能人ランキング』一位を張る男がオレのちょっとした言動ですぐに拗ねる。
どんなに格好つけていても中身が子供・・・。
顔がヒクつくのが分かった。
・・・。
「あは・・・。ははははは!」
ダメだ。我慢出来ない。
突然笑い出したオレにヨハンが驚いた顔をして見てくる。
その表情が普段のスカしたヨハンとは全く異なっていて新鮮味があった。
ますます楽しくなってくる。笑いが止まらない。
「な、なんだよ。急に笑い出して・・・!」
「ははは・・・、だってさ・・・ヨハン・・・今・・・、どんな情けない顔をしてるか分かるか・・・?」
「え?オレの顔・・・?」
ヨハンが慌てて頬に手を当てる。
子供っぽい仕草がさっきオレを押し倒そうとしてきた人間と同一人物に見えない。
「お前・・・、それでテレビに出るなよ。可愛過ぎるから・・・!」
「オレが・・・かわいい?」
オレが頷くとヨハンはテレたように鼻の頭を掻いた。
どうしたんだ、今日のヨハンは・・・。
普段のヨハンに比べると十倍増しに可愛く見える。
「かわいい・・・、かわいいかぁ・・・。何か十代に言われると嬉しいなぁ・・・」
「ヨハン・・・、お前耳真っ赤だぞ」
「だって、十代からンな事言われたの初めてだからさ・・・」
真っ赤な顔をしてヨハンが笑った。
いつも、ヨハンは感情を素直に表現する。
テレビでするような作った笑顔なんてオレの前では絶対にしない。
「へへっ。『可愛い』って言われるのって、案外、恥ずかしいモンなんだな」
嬉しそうにヨハンが抱き付いてくる。
その背中に手を回して、オレより少し背が高いヨハンを見上げた。
オレを大切そうに見下ろしてくる優しい瞳・・・。
「十代さ・・・、今度デート行こうぜ」
「デート?オレとヨハンで?」
妙案を思い付いたとヨハンが頷いた。
「そ。デート。んでさ、パソコン見に行こう。十代がオレのパソコンいじったのってネットサーフィンがしたかったんだろ?」
邪気のない笑顔。
オレがネットサーフィン目当てにパソコンをいじったとヨハンが信じてくれるなら、それでいい。
単なる好奇心でヨハンのプライバシーを見ようとしていたなんて言えない。
「オレが十代のパソコン見立ててやるからさ」
「ヨハンって、パソコン詳しかったっけ?」
高校時代は、それほど機械には強くなかったような・・・。
「しっつれいだな〜。十代。オレだって、進歩するんだって!」
拗ねたように唇を尖らして、すぐに笑顔に戻る。
オレ、ヨハンの笑顔が好きだ。
「じゃあ、見立ててもらおうか・・・」
「本当に?オレ、来週の水曜が昼からオフなんだ。どっかで待ち合わせしてデートしよう!」
普通のカップルのように待ち合わせをして相手が来るまでのドキドキ感を味わう。
今までヨハンとは友達として何度も待ち合わせをして遊んできた。
でも・・・、今度の待ち合わせは違う。
「オレたちの初デート!絶対時間に遅れんなよ?」
「それはオレのセリフだ」
デート・・・。
甘酸っぱいそのフレーズにオレたちはお互いに笑い合った。
「好きだよ、十代。・・・だから、オレから離れないでくれ・・・」
強くヨハンに抱きすくめられた。
突然のヨハンの行動にオレはワケも分からず、されるがまま。
何処か頼りなげなヨハンの声に不安を覚えた。
「ヨハン・・・?どうした?」
ヨハンの背中に回していた手で、優しくあやすように撫でる。
大丈夫。オレはここにいる。
オレはヨハンから絶対に離れたりしない・・・。
「何だよ、オレが好きって言ったんだから十代も好きって言ってくれよ」
抱き締める力が強くなる。
まるでオレを抱き締める事でヨハンは表情を隠そうとしているようだった。
「オレ・・・、まだ十代に『好き』って言われた事ないよな・・・。だから、不安で・・・」
「ヨハン・・・」
不安そうなヨハンの声。
・・・。
ヨハンはオレが『好き』って言えば、今抱いている不安から解き放たれるのか?
「なぁ、十代・・・。一回だけでいいんだ。オレを『好き』って言ってくれよ・・・」
哀願するようにヨハンが言ってくる。
オレが素直に言えないたった一言がヨハンを不安にさせていた。
たった一言・・・。
カイザーを亡くしてからは口に出来なかった言葉。
『好き』
オレにとって特別な言葉で・・・大切な・・・言葉。
「じゃあ、一回・・・だけな」
恥ずかしくて今までヨハンには言えなかった『言葉』・・・。
オレはヨハンの耳まで背伸びして聞き取れるかどうか分からない程小さな声で囁く。
「好きだよ・・・、ヨハン」
ヨハンが肩越しに笑った気がした。